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朝日新聞「音楽人♪File」-4
2009.07.31

 「ポップス」という考え方が好きだ。自分の音楽のバックグラウンドとコアな感覚、感情をどうやって全方位に多くの人に聴いてもらえる形に落とし込むか、その工夫を考えるのはとてもやりがいがある。
 体に染み付いた僕のルーツであるブラジル音楽を始めとするラテン音楽を、「ヒップなカッコいい」音楽として「外」から見る見方を教えてくれたのは20歳過ぎの頃一緒に仕事をさせてもらったヒップホップのミュージシャンたちだった。
 僕はまだ学生で、既にお金をもらって音楽活動をしていたけど、狭い、その音楽専門の世界の中で「もろ」ラテンな音楽を演奏していた。若かったし何も気にならなかったけど、今思えば決して前途洋々とは言えなかった気がする。そんな折、演奏中に偶然出会った友達(今も親友で大の音楽マニアだ)が、もっと広い世界を見据えることを力説し、彼の同級生である、ヒップホップの新進エンジニアD・O・Iさんを紹介してくれたのだ。その縁でトントン拍子にDJのMUROさんやWATARAIさん、シャカゾンビさんなどと仕事が出来た。
 まず驚いたのは、一般と縁がないと思っていたラテン音楽のコアでアーシーな(土の香りがする)要素を彼らがリスペクトしてくれていること、何よりミュージシャンとしてこれ程大切に扱われたのは初めての経験で、本当にうれしかったのだ。特にMUROさんとの出会いは大きかった。「日本語」のカッコ良さ、可能性を目の当たりにして、自分の「やりたいこと」がはっきりと分かったのだ。
 南米の音楽に惹かれ、9歳の頃から本当に好きで聴き倒し、演奏してきたけど、自分が「南米音楽の人」であるというのは幼少の頃からとても葛藤があった。日本で生まれ育った以上(香港にもいたけど)日本人だし、自分が作り歌いたいのは「僕の日本の音楽」だと常に思う。いつもいい曲が書けるとは限らないし納得のいくものを作るにはとても時間がかかるけど、人生を賭けるに値するものだと思っている。

<朝日新聞・2009年7月31日(金)夕刊掲載>

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